どうなる?後期高齢者医療制度―老人を乗せた漂流船―
以前このコラムでアウシュビッツ行きの貨車に例えた後期高齢者医療制度が脱線し、車軸を失って、ついに漂流船になってしまったようです。
福田さん辞任に端を発した自民党総裁選挙まっただ中に、舛添厚労相が実施間もない新医療制度の廃止を匂わせるかのような、「後期高齢者医療制度の抜本的見 直し」を打ち出しました。あまりにも唐突なフライイング発言に、パートナーの公明党はおろか、お膝元の自民党の中からもブーイングが湧き起こりました。慌 てて翌日には訂正発言をして、内容をトーンダウンさせました。
しかし、舛添さんが打ち出した見直し案の3つの基本方針、①75歳という年齢で区切らない、②保険料の天引きを強制しない、③年齢層による負担の不公平感 を助長しない、はとても素晴らしい提案だと思います。新医療制度が実施されて以来、多くの国民が指摘してきた問題点を集約した改善方針です。
ただし、彼の発言がなぜ今この時期になされたのかという点を考えると、いくら高邁な理念を掲げてみせても、①間もなく行われることが予想される解散総選挙 に向けて自民党が有利になるような国民に対する美味しそうな撒き餌をしておく、②総裁選で顔を売った、麻生以外の立候補者たちと比べて相対的に低下した自 分のステータスを回復する、③麻生政権においてもなんとか閣内にとどまりたい、といった卑しい党利と私欲が見え隠れしてしまいます。
ともあれ彼の一言で、後期高齢者医療制度が来るべき総選挙の重要争点として取り上げられることが確実になったことは喜ばしい限りです。与党、野党ともに高 齢化社会の社会保障のあるべき姿を具体的に提示していただき、単に票集めのためだけの甘言で終わることなく、政権担当後はただちに実行していただきたいも のです。
すでに、スタートした新医療制度は高齢者の医療そのものだけではなく、この制度を支えるための各健康保険組合からの負担金増加、最近このコラムで取り上げた歪な特定健康診断など、現役世代に対してもすでに多くの悪影響を及ぼしています。
中でも健康保険組合の後期高齢者や前期高齢者の医療に対する負担金の増加は深刻で、一部上場企業の健康保険組合の数社が解散する事態になりました。現行の 医療制度が継続されるならば、各健康保険組合の収支は次々と赤字化して、今後さらに多くの健康保険組合が解散し、政府管掌健康保険(政管健保)に移行する と考えられます。こうなると、労働者はこれまで受けられていた独自の保険サービスを受けることができなくなります。
さらに折しも、不祥事続きの社会保険庁解体に伴って、この10月から政府管掌健康保険は全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)に衣替えされます。協 会けんぽではこれまで全国一律に8.2%(労使折半)であった保険料率が都道府県ごとに設定され、各都道府県で医療費がどれくらいかかるかで異なってきま す。厚労省が2003年度の医療費を基に行った試算では、北海道で8.7%と最も保険料が高くなり、一番低い7.6%の長野県との間で1.1%もの格差を 生じます。年収400万円のサラリーマンの場合には自己負担の保険料に年22,000円もの差が出てくることになります。世代間の不公平に加えて地域間の 不公平も拡大していくのです。
こんな最中に大手健康保険組合が次々と解散して、この協会けんぽに流れ込んできたらいったいどうなるのでしょう。現在でも年間約8000億円の国庫負担で 維持されている政管健保です。現在のやり方では国庫負担額は雪だるま式に膨らんでいきます。財政再建にとって大きな足枷になります。
国が腰を据えて社会保障を国家運営の柱であると考え直さない限り、保険料率の上昇は避けられません。現在国民は先の見えない経済不況と生活必需品を中心と した物価高にあえいでいます。いくら現役世代とは言ってもこれ以上の保険料アップを強いられると、生活に支障をきたす世帯は少なくありません。かといっ て、医療費の自己負担分を増やすこともできないでしょう。現在の3割が限度だと思います。4割、5割の自己負担となると、もはや保険という体をなさなくな ります。アメリカの禿鷹資本が待ち望んでいた、国民皆保険制度の完全崩壊です。
こういう状況を作り出した張本人の小泉はさっさと逃げ出しましたが、彼が「聖域なき財政再建」というきれいごとで推し進めてきた、先見性のない政策の付けが一気に表面化しているのです。
国家運営には絶対に侵してはならない「聖域」が必要なのです。国民の生命を守る社会保障は、マネーゲームで損得勘定する分野や天下り役人の私腹を肥やすた めに行う公共事業と同格に扱われるべきものではないのは自明です。それなのに、多くの国民が稀代の詐欺師である、小泉、竹中の催眠術にかかって味噌も糞も 一緒にした破壊行動に参加していたのです。
舛添厚労相の掲げた3つの方針は言うは易し、行うは難しです。しかし、この方針はわが国がこれまで世界に誇ってきた国民皆保険制度の基本理念であり、絶対に忘れてはいけない大原則です。
実現化には我が国が、国政全体の中において社会保障というものをどう位置付けて考えるのかという根幹に関わらざるを得ません。私たち国民は自分自身の今日、明日の生活だけでなく、孫子の将来を懸命に想像して、主権者としての行動をとりましょう。
選択肢が豊かだとは言えませんが、選挙には必ず参加しましょう。選挙権を行使しない人に政治を批判する資格はありません。私は、漂流して沈没寸前の我が国医療保険制度をしっかりとしたレールに戻すための具体的方策を指標にして、投票したいと思っています。