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解離性障害(Dissociative disorders)

以前のコラムでも取り上げましたが、この1ヶ月あまり、横綱(今のところ)の朝青龍に関する話題がマスコミをにぎわしています。国家の浮沈をかけた安倍内閣改造に関する話題に負けず劣らず、国中が大騒ぎです。

最終決着は先延ばしになっていますが、今のところは完全に朝青龍ペース。相撲でいうならば、日本相撲協会は、立会い一発の張り手をくらった後、もろ差しをさされて土俵際までいっきに押しまくられている感じです。

この問題、ことの発端は「腰と肘を痛めて安静と治療が必要です」という主旨の診断書を提出して、夏の巡業に参加することを免除してもらった横綱が、実はす でにモンゴルに帰国していて、元気いっぱいサッカーグラウンドを走り回り、ドリブルやパス。あげくの果てには腰をひねって、見事なダイビング・ヘッディン グシュートを披露。傷めているはずの左腕から着地する映像が放送されたことです。

急遽呼び戻された段階で、嘘でもいいから「静養のために帰国していたのですが、国からの要請でどうしても断ることができないので、しかたなく親善サッカーに参加しました。ごめんなさい。」と言えば、話はこんなに大きくならなかったでしょう。

ところが、当のご本人、日本に戻ってくるやいなやマンションに引きこもり。代わって、あやしげな医師が入れ替わり立ち代り、テレビに出てきて、これまたなんとも訳の分からない診断を発表したために、一気に混乱の度合いが増しました。

名実ともに精神科医師である今坂医師が「急性ストレス障害」*1という、きわめて妥当な診断(あの時点としては)を下したことで、一件落着かと思っていました。少なくとも、前回のコラムを書いた時には、そう思っていました。

ところが、事態はさらに泥沼化。やがて政治家まで登場して、ことはさらに複雑になり、日本とモンゴルとの外交問題にまで発展しそうになってしまいました。

その後、第4の医師として登場した高木医師が「解離性障害」と診断して、朝青龍はモンゴルへと帰国することになりました。今は、果てしなく続く大草原を舞台に朝青龍と報道陣の追いかけごっこがくりひろげられています。もううんざりというのが私の実感です。

ただ、私としては「うんざり」と言っただけではすまされないのです。大変困ったことに、この一連の騒動のために、一般の方の精神医学に対する信用度ががた落ちしてしまったからなのです。

数週間の間に、4名の医師が登場。そして、そのたびに変わる診断名。精神医学なんて、他の医学と違って、自然科学とはいえない。精神科なんて「当たるも八卦、当たらぬも八卦」、しょせん占いみたいなもんだ、と思われてもしかたがない状況になってしまいました。

確かに、精神医学は今のところ、血液検査やCT,MRIといった検査をして、数字や形といった、目に見える指標だ けで診断を下すことができません。診断には、面接による診察をした時の、表情、しゃべり方、しぐさ、さらには患者さんと普段よく接している人達の観察結果 といった、一見あいまいだと言われてもしかたない情報に頼る部分があります。


しかし、精神科の診断はけっして占いではありません。患者さんと周囲の人達から正しい情報をいただけたならば、きちんとした診断基準にそって、適切な診断 を下すことができます。ただしそのためには、その医師がきちんと専門的な教育を受けて、豊富な臨床経験(実際に患者さんの診療に携わること)を持ち、なお かつ医師としての良心を持っているということが必要条件です。

この意味で、最初にしゃしゃり出てきた2名の医師の「神経衰弱」だとか「うつ病の一歩手前」なんて発言は無視すべきだったのです。言いかえれば、あの二人の妄言が今の混乱の発端だと言えるのではないでしょうか。

さて、高木医師によって最後に下された「解離性障害」とはどんな病気なのでしょうか。「うつ病」なんかと比べて、みなさんにはあまり馴染みのない病名だと思います。

「解離性障害」を正確に説明すると、強いストレスに対しておこる反応のひとつで、過去の記憶、同一性と直接的感覚、および身体運動のコントロールの間の正常な統合が部分的あるいは完全に失われている状態となります。

これでは、なんだかこむずかしくて、ちっとも理解できませんから、分かりやすく、簡単に言いますと、昔「ヒステリー」と呼ばれていた精神障害のことなのです。

「ヒステリー」という用語は古代ギリシャ語で「子宮」を意味する「ヒュステラ」という言葉に由来して名付けられました。古代ギリシャでは「体内で子宮が暴れまわる婦人病」と考えられていました。

実際、以前は女性に多く見られた病気でした。しかし、男性にも見られることと、女性を蔑視したニュアンスを与えるという理由から使われなくなり、「解離性(転換性)障害」という名前にリニューアルしたのです。

一般的に男性から男らしさが失われつつある現在では、男性の解離性障害はそう珍しいものではなくなりました。今から考えれば、病名を変えておいてよかったと思います。天下の横綱が「ヒステリー」では、いくらなんでもかっこがつきませんよね。

高木医師の説明ではさらに、「現在混迷状態にある」となっていました。「混迷状態」とは本当の意識障害はないのに、ぴくとも動かず、一言もしゃべらず、食事もとらず、排泄も垂れ流しという状態です。つまり、一見、植物状態と間違うような状態のことです。

その後の朝青龍の姿を見たのは、マンションから車に乗り込む数秒間と、成田空港に現れて、ウランバートルに到着するまでの間だけでした。しかし、どちらの 場面でも、一言も発しはしませんでしたが、しっかりした足取りで目的地を目指してのしのしと歩いていました。数週間にわたってスープとお粥しか口にしな かったような痩せは見られませんでした。

 
高木医師までもがいい加減な診断をしたのでしょうか。私はそうは思いません。高木医師は自然科学者としての立場を守った上で、なおかつ相当意味深い診断をされたのだと思います。

なぜならば、診断は予見と想像を含めて行ってはいけません。実際に、数回の面接を行った際に、朝青龍が常に示した態度(?)が混迷状態に相当し、 取り巻きの人達の証言からも、同じような報告しか与えられないならば、解離性混迷状態としか言いようがなかったのではないでしょうか。

入院させて24時間観察すれば、きっと別の診断が付けられたでしょうが。与えられた数回の面接だけで、みんなで口裏を合わせた詐病(偽って病気の振りをすること)だなんて断定することはできませんから。

私が意味深い診断だといった理由は、解離性障害はストレスが加われば誰でも起こす精神障害ではないからです。解離性障害に認められる症状は下等動物によく見られる下級な生物学的反応で、人間の場合には人格の発達が未熟な人にしか起こらない病態だからです。

人格の成熟は2ヶ月やそこらで達成できるものではありません。ですから、たとえいったんは落ち着いたとしても、再び同じようなストレスが加われば、またもや混迷状態になってしまう可能性が高いのです。

したがって、26歳にもなって解離性の混迷状態になってしまうような男に今後とも、ストレスの多い横綱を勤めさせることは酷な話といえます。一方、朝青龍 が高木医師に本当の状態を隠して、病気を装っていたとしたのならば、大嘘つきということになりますから、力士以前に社会人として失格でしょう。

ちなみに、熱心にモンゴルまで付き添った本田医師は、現在ウランバートルで美容外科のクリニックを建設する計画を進行中だそうです。二人のモンゴルでのジビネスが成功することをお祈りします。

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*1強いストレスが加わった時、そのストレスに反応して、その直後から数日間の間に起こるパニックを中心とした種々の心身の異常状態。通常は数日でおさまるが、この後に解離性混迷いおちいることもある。

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